「いい会社」と知財の関係

(1)攻める知財

 知財には、無形の技術やブランドを見える化したり、守ったりする機能があります。具体的には、特許を申請するときには、文章と図面で新しい技術を説明するので、技術が見える化され、また、特許が取得されると他人が真似することができなくなるので技術を守ることになります。商標登録は、ブランドイメージをロゴや言葉による商標として表現するのでブランドの見える化に貢献するとともに、特許と同様に、商標登録されると他人が真似することができなくなるのでブランドを守ることになります。

 大手企業なら、このような知財の使い方で経営が上手くいくと思います。大手企業は資本力や企業規模が大きいので正攻法だけで勝負すればよいからです。しかし、資本はもちろん、人材や設備なども十分でない中小企業が知財を使うなら、もっと攻めに使っていくべきだと考えます。

 攻める知財として特許を考えます。攻めの特許の基本にあるのは、自分で作らないものに特許をとることです。自動車の部品を作っている企業があったとすると、自動車の部品に特許をとるのは守りの特許で、自動車の部品を使った製品に特許をとるのが攻めの特許というイメージです。自動車の部品を作っている企業が、自動車の特許をとってどうするのか?自動車を作っている企業にライセンスするのです。ライセンスとは、特許を使用する許可を与えることを言います。

 一般的に、特許をライセンスする場合は、ライセンス料をもらいます。しかし、ライセンス料を取らないで、自社製品を優先的に購入してもらったり、他の技術を使わせてもらうこともあります。どのような形でライセンスするかを考えるのが攻めの特許戦略になります。

 例えば、卵のパック詰めをする機械を作る会社は、自社の技術を守るために、卵のパック詰めする機械に特許を取ります。これが守りの特許です。さらにその会社が、卵のパック詰めの際にパックにラベルの入れ方の特許を取ります。これが攻めの特許になります。このパックは、ラベルを糊付けしないので、リサイクルのしやすい、エコな卵販売ができます。

 その会社は卵のパック詰めを自社ではしないので、ラベルの入れ方の特許を、パック詰めする会社にライセンスします。エコな卵パックを販売したいと考えている会社があると、喜んでライセンスを受けてくれます。このとき、ライセンス料をもらってもいいのですが、できるだけ広くラベルの入れ方を使ってほしいので、ライセンス料は無料にします。無料のほうが多くの企業がラベルを入れる特許を使いたいと思ってくれるからです。そして、ライセンス料のかわりに、パック詰めする機械を買ってもらいます。そうすると、ラベルを糊付けしないエコな卵パックの業界には、競合が参入することができず、自社の卵パックの機械を広く販売できるようになります。ライセンス料はとらないでも、自社製品で売り上げを上げるという、自社で作らない特許を取得する攻めの特許です。

 また、攻めの特許は海外進出の時にも使えます。海外進出をするときは、営業拠点や製造拠点を置き、従業員を雇用し、さまざまな許認可をとったりと、お金も時間もかかります。大手企業なら、資本力で簡単に海外進出できますが、中小企業が海外に出ていくのは大変です。さらに、海外進出した企業は撤退するのが、進出するよりも大変ということも聞きます。そのような海外進出ですが、特許を使えば、比較的簡単にできてしまいます。どうするかというと、現地の企業に現地の特許をライセンスするのです。

 現地の特許を取得してライセンスすれば、現地の企業は、特許のある製品なので安心して販売できますし、競合も表れにくいので売り上げも安定しやすいはずです。さらに、日本の技術が詰まった特許であれば、欲しがる海外企業はたくさんあると思います。

 特許をライセンスするのは、契約書を交わすだけでできます。契約書の言葉の問題はありますが、現地に拠点を作ったり、従業員を雇用するよりも断然簡単です。そして、ライセンスした特許により現地で製造された商品がうれれば、売り上げに応じたライセンス料を得ることができます。海外で自社販売するほうが儲けは大きくなりますが、最初はリスクを取らないライセンスから入るというのも、攻めの特許戦略です。海外という自社で製造しない場所での特許戦略です。

 攻めの特許戦略を考えるときに、知っておいてほしい考え方があります。「相対的知財力」というものです。これは、知財業界のレジェンド丸島儀一先生(キャノン元専務)の提唱されている考え方になります。言い換えると、企業規模が小さいほうが知財の影響力が大きいということになります。

 例えば、従業員が1000人いる企業が1000件の特許を持って多数の商品を製造販売していると、従業員が1人の会社の1件の特許を侵害してしまうことがあります。そうすると従業員がどんなに多くても、特許がどんなにあっても、特許を侵害してしまった商品を販売できなくなります。一方で、従業員が1人で1件の特許を持っているような企業は、多数の商品を扱っていないので、特許を侵害してしまう可能性は極端に低いです。このことからも、企業規模の小さい中小企業の方が攻めの特許を実行した場合に有利になることがわかります。

 この相対的知財力の考え方に基づき事業規模の小さい中小企業が集まって特許を管理すると、多数の特許を攻めに使い、個々の事業体は特許で攻められない形をつくれます。この形を中小企業版パテントプールと呼びます。中小企業版パテントプールなら、日本の中小企業連合が世界の大手企業と対等にビジネスをしていく世界になるかもしれません。

(2)「いい会社」経営(TNC)と知的財産の関係

「いい会社」を構成する「売れる仕組み」「学習する組織」「組織感情」と知財の関係を説明します。

①売れる仕組みと知財
 知財はトップダウン経営にマッチします。具体的には、父性型(大黒柱)の経営者から知財を始めると、経営者の考えが事業戦略そのものなるので、特許をどのように使っていくか、攻めの特許、守りの特許が事業戦略と一体的になるので売れる仕組みが強化されます。

 例えば、新商品を開発して売れるまでに、時間がかかることがあります。特に、それまでにない、まったく新しい商品や、大型の商品は、ヒットするまでに時間がかかる傾向にあります。経営者は、その商品が売れることを信じ続けて我慢しなければなりません。そして、我慢の先に大ヒットが生まれます。

 特許は、大ヒットを予想して、開発の当初から取得する必要があります。販売や公開してしまうと、特許が取れなくなるからです。資金的に余力のない中小製造業にとっては、大ヒットを信じて先に特許を取得しておくという判断は経営者にしかできないことです。そして、我慢の先に大ヒットしたときに、特許で新商品を守れたり、販売戦略に特許を絡めたりすることができます。

 年商50億円のとある会社の主力商品は1台2億円する機械です。数千万円が通常の機械ですが、10年以上前にその会社は特殊な管理システムを実行できる2億円の新型機を開発しました。この企業、数十年間、通常の数千万円の機械を作っていましたが、ある時、社長のアイデアで特殊な管理システムで特許を取得して機械に付加することにしました。

 しかし、お客さんは、そんな管理システムをわざわざ付加することはない。もっと安い機械を作ってほしいという声ばかりでした。社内でも、社長以外の経営層や幹部社員は全員反対していました。

 それでも、この会社の社長は、あきらめることなく、新型機の営業活動を続けました。そして地道な営業活動の甲斐あって、大手のお客さんが1台だけ新型機を購入して使ってくれました。新型の機械なので、不具合がしばらく生じましたが、社長の命令で従業員の地道な対応もあり、新型機は徐々に運用されました。社長の予定していた通り、新型機は、既存の概念を覆す性能を発揮しました。そのお客さんは、業界では大手の会社だったこともあり、他のお客さんも新型機の運用の話を聞き、自分たちも試してみよう、次々と購入されるようになりました。新型機の開発から10年近くたってからのことです。

 そして、今では、この新型機が業界のデファクトスタンダードになり、かつ、特許で守られ、売れ続けるようになっています。このように「売れる仕組み」を作るのは経営者の仕事で、「売れる仕組み」に関わりの深い特許戦略は、まずは経営者が実行していくこと必要があります。

②学習する組織と知財
 知財が経営の役に立つことがトップダウンで広がれば、縁遠いと感じていた知財でも、自分たちでアイデアを出す人や、使い方を考える人が増えてきます。アイデアの出し方や、特許の使い方は、成功している企業に学ぶのが近道です。知財の重要性をトップダウンで伝えることで、学習する組織の構築にも役立ちます。

 知財をトップダウンで広げるためには、経営層や、幹部などの社長に近い人たちが、知財のことを学ぶ必要があります。自分のアイデアや、独自の使い方に走るのではなく、他の成功している企業に学ぶのが近道です。大手企業にも中小企業にも特許で成功している企業はたくさんあります。

 例えば、毎月1回幹部を集め、自社知財についての検討会と、知財の勉強会をしている会社があります。開発の幹部だけでなく、営業、メンテナンス、総務などの幹部も参加します。社長から、可能な限り参加するように言われているのです。当初は半分強制的に参加させられていた幹部ですが、勉強会で少しずつ他社の事例なども学ぶ中で、自社でも独自の特許戦略を考えるようになりました。一番、成長したのは、営業担当の役員でした。特許を使って、どのように商品を販売していくかの戦略を描けるようになりました。さらに、どのような商品をお客が求めていて、技術開発が必要になるのでどこで特許をとると営業がしやすくなるか。という開発に対する提案もするようになりました。今では、商品だけでなく、よその企業に特許を売り込んで、共同開発先を見つけてくることもされています。そして、特許を取得するときの発明者にも、よく顔を出すようになりました。

③組織感情と知財
 トップダウンで広げていく知財ですが、特許が経営者だけのものというわけではありません。トップダウンで考えるのは特許の使い方の問題です。特許の基になるアイデアは経営者だけでなく、従業員のだれもが生み出すことができます。

 例えば、部門ごとに特許のアイデア出しをする会社があります。開発部に限らず、製造部門、営業部門、技術部門などの商品にかかわる部門のそれぞれに、部門に合わせたアイデアの発掘をします。製造部門は作り方のアイデア、営業部門は販売戦略のアイデア(どんな商品欲しいか)、技術部門はメンテナンス方法のアイデアを聞き出し、特許になるものは、多くの場合、いろいろな部門から生まれます。すなわち、すべての従業員から特許になるアイデアが生まれる可能性があるのです。改善提案などから特許が生まれることもあります。改善提案が特許になるかならないかは専門的な調査が必要ですが、アイデアの出し方を覚えると、特許になりそうかどうか、感覚的につかめるようになります。感覚的にアイデアをふるい分けてから専門的な調査をするほうが効率が良くなります。

 各部門から生まれたアイデアを特許にした後は、特許から生まれた収益を分配することで従業員の会社に対する想い入れも変わってきます。

 例えば、従業員発明褒章制度という面白い特許制度を導入している会社があります。これは、特許で生まれた、または生まれたと想定される収益を従業員全員に還元するというものです。実際に特許の発明を考え出した発明者には、褒章が与えられることはよくありますが、この会社では、発明者のほかにも、全従業員に特許収益の一部を還元します。これは、アイデアを出した開発部員(発明者)はもちろん、アイデアの基になる商品のネタをつかんできた営業職の人や、発明者を採用した人事の人、さらには、発明者にお茶を入れた事務職員までも、特許にかかわったという考え方です。

 この特許褒章制度により、会社の発展のために特許があり、特許取得することが会社のためになるということが理解されます。私も発明しようとか、発明のお手伝いをして特許を取得することが会社にためになるという、組織感情の醸成にも特許は役立ちます。

(3)まとめ

「いい会社」をつくるために、中小製造業こそ知財を活用するとよいです。攻めの知財で「売れる仕組み」を作り、トップダウンで知財経営を導入することで「学習する組織」が形成され、特許権や商標権を会社のために取得することで「組織感情」が醸成されます。

TNCでは、「いい会社」をつくる1つの手段として中小企業こそができる知財の取得活用を推奨します。