2016年12月19日 いい病院研究会 講演議事録「地域包括ケアシステムの本質を理解する」

地域医療構想について

国の医療施策として「2025年問題」がある。間もなく迎える75歳以上の医療介護費増大への対処である。生産人口が大きく減っている中で、高齢者の増加に合わせて地域医療構想、地域包括ケアを進めている。

 地域医療構想とは医療の簡便化だ。地域包括ケアとは、保険外でもいろいろとフォローし、新しい医療介護の在り方に取り組み、確認しようということ。これが今の流れである。

 2025年の一番の問題は、団塊の世代が総て75歳以上になって高齢者が激増し、介護医療の需要が大幅に増えるということだ。一方、生産人口は減る。生産者の負担を増やせば、今の医療は維持できる。今の負担のままでは無理だが、みんなの負担を少しずつ増やすことで可能になる。

 国は、消費税を増やした分は医療・介護に全部あてるという。消費税を8%から10%に上げるという提案時、医療者や介護者からの不満はあまり出なかった。

 国としては消費税の総てを医療介護にあてるとは言っていない。いままで厚生労働省が一括していたものを、「もう対応できない、都道府県ごとに税収であがってきた分をばらまくから、皆さんで解決策を考えてください」ということである。この中の医療部分が「地域医療構想」になった。

 行政による医療マネジメントとは、病院ごとに専門性を明確にし、今までは患者の需要に応じていろいろ対応していたことをやめてくれということである。

 日本の特徴として民間病院が非常に多い。イギリスはほぼ総てが公立病院で、フランスやドイツは、民間病院もあるが原則としては公的施設である。

 今まで、日本の民間病院は、法的には野放しというか、経営者のやりたいようにやっていた。それを見直す必要があるのではないかというのが、地域医療構想の指針である。

医療の変化と在宅医療の推進

在宅医療の推進は、「入院の必要は微妙にあるけれども、もう出ていってください。後は自宅で療養してね」ということである。在宅医療は、介護寄りに考えられているが、基本的には入院医療の延長線上で切り離されてしまっている部分がある。ここがポイントだ。

「病床機能報告制度」については、ネガティブに言う人が多い。

 例えば、産児救急をやっている病院は大病院で、高度な医療機器を入れている。看護師も医師も高度な訓練を受けている人たちが多い。そこに風邪の外来患者が大量に押し寄せるというのは、医療資源の無駄ではないか。本来は重症患者を診る施設なのに、そこに軽症の患者がワサワサきて、点数も低くなれば病院が維持できなくなる。

 病床機能の制限をしようというのは、しかるべき医療機関にしかるべき患者が来るようにしようということで、そのための整理を今までしていなかったので、これからしていくということだ。今まで大学病院に風邪の症例がいっぱい来ていたことのほうがおかしい。それを整理しようということである。

 従来は若い人が多かったので、医療の本質というのは、直すこと、救うことだった。基本的に医療行為とはそういうことをしていた。しかし、これからの医療の対象は高齢者になってくる。老いは病ではないので、若返る万能細胞でも作らない限りは直すことはできない。癒すこと、抱えて生きること、支えること、看取ることなどの、治療を前提にしない医療が必要になる。これをケアと呼ぶらしいが、従来型の医療と生活支援型の医療というように、これからは医療の形が変わってくる。

在宅医療は生活支援型である

今の医学教育の前提は、「直すこと」が中心になっている。どうやって病気と付き合っていくかを放置しているわけではないが、そこまで転換できていない。提供する体制を変えているにもかかわらず、提供される人たちへの教育制度に抜本的なメスを入れ切れていないというのが課題である。

 2010年から2014年当時は、とにかく看護師資格をもっている人を集めろということだった。

 DPCの導入にともない、急性期の病院を「出来高」をやめて、病名でまとめることに変えた。この時からデータ重視になり、看護師がたくさんいる病院ほど退院する期間が短いというデータが出た。手厚い看護配置をすると在院日数が短くなる。結果、医療費が減る。その分、ボーナスとして点数をあげますよというのが本来のコンセプトである。コンセプトとしてはナース医療を前提としている。

 これはあくまで建て前上のことで、病床は減っていない。高度急性期が18万床、一般急性期が約35万床というのは無理な話。国も学習している。これを出す前に、介護療養病床は16万床くらいあったが、これを全廃することを国が政策で掲げていた。しかし結局なくせなかった。理由は、そこに入院している人はどうするのだ、なくすといったのなら責任とれと。そして「責任とれないからなくすのを延期します」という話になった。

 昔は急性期病床に一般の軽症の患者を入れていても問題なかった。DPC導入以来、必ず病名が出てくる。厚労省は、軽い病名で急性期病床に入っていたのを10年くらい放置していた。2014年になって「軽症患者がこんなにいるのか」と。そこで、重症の患者が一定数いなければ急性期病床はだめだというふうに方針転換した。

 さあたいへんだ。約33万人も重症患者ばかりいないよ、と。重症の患者なんてこの半分くらいしかいないわけだ。実際、急性期病床は80%くらいしか稼働していない。80%なら稼働率は良い方である。24万人、その半分の12万人くらいしか重症患者はいなかった。

 厚生労働省の方針は、病床削減ではなく、減らさざるを得ないように病院の入院医療政策を変えた。

病症機能報告制度

病症機能の報告制度というのは、本命は病院の役割決めである。今は病院ごとに急性期病床、回復期病床、療養病床を持っていてもいいとなっているが、実際は病院の役割を決めろということだ。病院にはスペシャリストを置いた方が効率いい。要するに、手術もする、リハビリもする、療養もするといったようなものは効率がいいとは言い難いのである。いきなり変えられないから、まず病症機能で分けていって、いずれ何処かのタイミングで病院ごとに役割を決めていく。それが地域連携方針である。

在宅医療の最終責任者はだれか?

日本の医療であまり問題視されていなくても問題なのは、在宅医療を受け入れる医療の最終責任者はだれなのかということである。今は一応、在宅医療の先生が主治医だということができるのだが、では最後まで看取るのかというと、具合が悪くなると病院に送ってくるわけである。仮に在宅医療で医療過誤があったかもしれないのに、入院した病院に運ばれてきて死んでしまうと、訴えられるのは誰なのかと。入院だったら分かりやすい。入院中に何かあったら、そこの病院の責任になる。患者にとって、サポートする時に顔の見える人は主治医なのか、または入院する病院なのか。または在宅医ではないけれども、普段通院している近所の診療所の先生なのか。在宅医療といっても、この辺りは未整理のままである。

在宅医療のフロー(サブアキュート機能)

そこで出てくるのがサブアキュート機能、急性期ではないけれども、何かあったときに入院のフォローをするところが必要になってくる。

 高度急性期、急性期、回復期、慢性期という症状に対した時、問題なのはどこに在宅医療のフォローをしてくれる医療があるのか、ということである。

 一日あたりの入院費用の点数を見れば、高度急性期の患者は一日3000点以上、日本円にすれば一日3万円以上を提供できなければ高度急性期の患者ではない。急性期だったら600点、回復期だったら225点だ。

 従来は、高度急性期といっても、急性期に少し入ってもよかったが、今は、守備範囲を決めている。となると、在宅医療は誰がするのか?

 そこで出てくるのが、地域包括ケア病棟である。2014年創設された。そして2016年以降、地域包括ケア病棟を新設するところが増え始めた。2014年に創設された当時は、何をやる病棟なのかよくわからなかった。しかし、2016年の診療報酬とか、その後の医療介護の流れを見ていくと、地域包括ケア病棟というのは、在宅医療には非常に重要だとわかってきた。

退院調整と入院調整について

「在宅復帰率」というのがあって、患者を病棟ごとに一定期間内に退院させないと点数を下げる。それをやるために退院調整を必死に行い、ソーシャルワーカーや退院調整ナース等が、在宅医療へ向けて調整している。2018年には、入院調整をする看護師が出現するだろう。

 在宅療養支援診療所において、延々と在宅医療をやれとは誰も言っていない。在宅医療とは、「基本在宅、時々入院」。これが在宅医療の基本方針である。「必要な時は入院してかまいません」と。ただ、患者が入院したほうがいいと思っても、救急車を呼ばない限り、入院できない。

 日本における在宅医療の問題点は、それが「介護の延長線」だということ。例えば家族が旅行するような場合、または「最近ちょっと具合が悪そうだ」という時に、一般急性期病棟は重症でないとだめだが、地域包括ケア病棟の場合は、入院する患者の自由度がある。どんな患者でも60日間は入院できるというルールがある。

 地域包括ケア病棟に入院することはできるけれど、訪問介護にも在宅看護にも入院調整する機能がないので、一定値を超えて具合が悪くならない限り入院できない。保険点数がどうかというのはわからないが、今後、退院調整と同様に入院調整というのも重要な役割になってくる。

地域医療連携推進法人制度

医療法人は株式会社ではないので、建前上は買収もできないし、グループ化もできない。今回、法律が制定されて大きな法人を作っていくことができるようになった。例えば岡山では、岡山大学を中心に岡山市内の診療所なども含めて16病院を一つの法人にした。そうすることで、同じ法人の中で資金の融通ができ、医療機器の購入等さまざまな面でスケールメリットが生じる。これが厚労省の言い分。ここには在宅医療も関係してくるが、基本的には急性期病院が、退院させるための受け皿として、在宅医療を維持・推進するためにグループ化するということである。地域医療推進法人は今後増えていくと思われる。

これからの医療の4分類

今後、地域包括ケア病棟が在宅医療の「きも」になってくるだろう。特に入院医療をする際の「きも」になってくる。

 急性期病院はあるけれども、地域包括ケア病棟をもっていない地域は在宅医療をやるべきではない。と言うよりもできない。端的に言うと、急性期の患者を受け、手術をして、これからは手術をする必要がないから、いったん退院させて回復させようというのは「ポストアキュート」。「サブアキュート」というのは、急性期ではない、二次救急ではないけれども何かあったら入院をフォローするということ。

 在宅医療からサブアキュートとして患者を受け入れるというのと、急性期からポストアキュートとして患者を受け入れるという、この2軸が地域包括ケア病棟の本質になってくる。

 今現在、ほとんどの病院に対して、地域包括ケア病棟というのは、ポストアキュートの機能しか期待されていない。急性期病院で手術をした人を次に受け入れる病院として地域包括ケア病棟を開発しているのが多いのである。いわゆるサブアキュート、在宅医療において、いったん受け入れることを考えている病院は非常に少ない。

地域包括ケア病棟とは

地域包括ケアシステムというのは、支える病棟のこと。本質的に言うと、ポストアキュートは地域包括ケア病棟の本質ではあり得ない。誘導策として、そうでも言わなければ誰もやってくれないだろうと。もしくは急性期病棟を維持しにくくしているおかげで、いきなりリハビリできない、というのがあって、地域包括ケア病棟に徐々に移行している。

地域包括ケア病棟に入院している救急車で運ばれてきた病人を治療して安定した。次に、より重視されているのはサブアキュートである。

在宅の介護施設で、元気なうちは歩いて外来に来ていた患者が、年をとって足腰が弱くなり具合が悪くなった時、独居の老人に「気合いを入れて歩いて来い」とはなかなか言えない。そこで救急車が呼ばれる。でも形は救急車で救急搬送されているが、中身は「ちょっと熱があります。37,8度」。高熱ではないけど健康とは言い難い。で、「家に帰ったらだれかいるの?」、「いません」、「ではしようがないからいったん入院とりましょう」と。在宅医療というのは、そういうことをやるための背景がないとやりにくい。

今の在宅医療の問題というのは、サブアキュート機能がないから、熱がちょっとあるだけでは、まちがいなく軽症。急性期病棟はそういう病人は入院させるなという規制があるので、当然とりたがらない。帰れという。帰って様子を見てくださいという。どうしても具合が悪いようでしたらもう一度来てくださいと言われる。

地域包括ケア病棟は、在宅医療のカバーをする。どんな患者をとってもいいわけである。そういう背景を養護していかなければダメだ。

しかし、地域医療をやりたいという中小病院において、急性期病床をやめて地域包括ケア病床を作るというのは、医者としては面白くない。軽症ばかりが来る。しかし、在宅医療を推進している地域にとって、地域包括ケア病棟がない地域は悲惨なことになる。

在宅医療の課題

入院患者の立場になると、在宅医療というのは難しい。自宅で死にたいという人もいるし、病院で亡くなりたいという人もいる。従って、こうした場合のアンケートはあまり意味がない。しかし行政は受け皿作りをしなくてはいけないので誘導動作をしなくてはならない。実際、患者からすればどこで死ぬかというのは個人的な問題で、自分で選べということだ。

いまの制度上、在宅医療というのは必然的に発生してくる。常に重症であればずっと入院していられるが、回復してくると在宅医療に変更する。軽症である人の70%は在宅に移せというシステムがある。入院していても医療的措置をしない人については在宅医療にするということ。こういう方向性になっている。

在宅医療の推進施策としては次のようなものに大別される。

1 介護

通院困難者への訪問サービス、施設入所者への定期訪問等。

訪問医療の本質は「介護」である。在宅医療はその人の生活の中心たりえない。普通の高齢者は医療を中心に生活しているわけではない。

介護というのは、日常生活の支援である。高齢者にとって医療とは日常生活の中の一部でしかない。

本来地域包括ケアというのは、介護法で統括されているわけだから、介護を軸に考えなければならないのを、医療を中心に考えるのでおかしくなる。

2 終末医療関連緩和ケア(看取り)

看取りというのは、本来医者がやらなくてはいけない仕事なのか?

緩和ケア、痛みを止めるというのは医者がやるべきだが、死亡確認するのを医者がやらなくてはならないのか? 今後、死亡者が増えて、医者が足りなくなっているのに、医者を死亡確認に駆り出すのか? これは今後、看護師でもできるように国のほうで取り組んでいく。

3 病院(訪問指導)

退院直後の患者の訪問指導。本来は退院してしばらくの間は、病院から医師とか看護師を派遣して、再発予防指導などをすべきである。そこではじめて在宅医療をやっている医師にバトンタッチすべき。今は申し送りがカルテだとか、紹介状一枚で終わっているが、本来的に言うなら、在宅医療は今まで入院していた病院の医療の延長線上にあるわけで、転棟して申し送りがないのは具合が悪い。本来はそうした訪問指導をやっていかなければならない。

大切なのは「多職種連携による医療の提供」である。

今後の在宅を中心とした医療を考えた場合、病院を出てからどうする? ということ。いろんな人たちが関わってくる。ではだれがそれを仕切るんだということ。責任の所在は、主治医なのか、在宅医なのか、病院の先生なのか?

普段から来ている訪問看護の人なのか? これが非常に曖昧である。

昔と違って、なんでもやることがいい病院ではない。急性期でいい病院もあれば、回復期のリハビリでいい病院もある。今後は地域包括ケア病院の在り方も大きく問われていくと思う。

※ 講演後、フロアから活発な質問があり、充実した質疑応答の時間が続いた。

在宅医療に関するさまざまな課題は、時代の変化と住民の高齢化、地域行政の課題との中で「いい病院とは何か」という大きな視点に沿って、今後も引き続き研究されていく大きなテーマであろう。

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